一秀くんの同級生のブログ

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2006年の事件について---その3


当時、この事件に興味を持った人達が、植草さんを応援するブログや、2チャンネルをはじめとしたネットで、事件について大論争を繰り広げていた。
植草さんが無実だと思う人と、そう思わない人との激しい論戦で「植草一秀氏を応援するブログ」は連日の大炎上。
私などは、ただ植草さんの人柄への確固たる信頼感から、わけもわからず加わっていたのだが、今思うとかなりの数の専門家が入っていて、あのような大がかりな炎上となったのではないかと訝しんでいる。

経済や政治の裏側に詳しい人、法律関係の人、報道関係の人が、数多くネットの書き込みに関わっていた。
もちろん、皆身分を隠したままの意見交換なのだが、ど素人の私には驚くばかりの専門知識をさらりと言ってのける人ばかりだったのは、今考えても不思議だ。

その中で特に印象的だったのは、反対派の人が常に、
「目撃者探しをしたのか?」
という問いかけをしてきたことだった。
この人達は痴漢事件の特殊性をよくわかっている人達だったのだと、今にして思う。

まだご存知ない方は、「痴漢冤罪率」というキーワードでインターネット検索してみてほしい。
最近は良くなったとはいえ、まだ有罪率は99%と出るのではないだろうか。
当時は99.9%が有罪になると言われていた。

なぜそんなことになるかというと、電車内の痴漢事件では、警察は捜査を一切しないからだ。
被害者の申し立てを事実とし、容疑者の言い分を全く無視した聞き取りをして調書を作成し、裁判にかけるだけだからだ。

事件の4か月後に、周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」が上映される。
周防監督は、何年も裁判の傍聴を続けて、痴漢冤罪事件を徹底調査して映画を作り上げた。
映画では、電車内での痴漢の容疑を問われた主人公のために、友人たちが駅で目撃者探しをする。

痴漢事件のための目撃者探しなど、警察は絶対にやらないのだと、当時の私は知らなかった。
けれども、警察関係者なら知っていただろうと思う。
更に、弁護側が証人を自分で探さなければならない理由も、後になってから気付いた。

植草さんの裁判では、二人の目撃者が裁判で証言した。
検察側と弁護側双方が、目撃者を立てたのである。
植草さんが「誰とも密着せず、眠った状態で吊革につかまっていた」ことを、自ら名乗り出て証言した目撃者がいたことは、残念ながらあまり知られていない。

不公平なことに、検察側証人は事前学習ができるのに対し、弁護側の証人は裁判官の心証を良くするための配慮から、ぶっつけ本番しか許されない。
検察側目撃者は証言する前に、何回か検察と証言内容の打ち合わせをしていたが、弁護側の目撃者は事前の打ち合わせは一切していない。
ということは、検察側目撃者がレクチャーを受けて、検察が描いたストーリーのとおりに証言することもあり得たわけだ。
更に考えると、もしも弁護側の目撃者が、弁護士でなく警察に名乗り出ていたらどうなっていただろう。
証人として採用されなかったかもしれないし、やんわりと脅されて口をつぐんだかも知れない。
だから、証人探しは被告人側が自らやらなければいけなかったのだ。

ついでに言うなら、検察側目撃者は、植草さんが事件当時に特徴のある眼鏡をかけていたことに気付いていなかったし、公判の時に体重が10キロ近く減っていたことにも気が付かなかった。
つまり、この証人が目撃した犯人が植草さんでなかった可能性を、誰もが考えてしまう。
更には、被害者の証言とは立ち位置が矛盾していた。

このような公判の進行状況から、私は判決に大いに期待をしていたのだが、残念な結果となってしまった。


今日で、あの事件からちょうど9年になると、ライン仲間の同級生に教えられた。
すっかり忘れていたが、植草さんは忘れようとしても忘れられないだろうなあと、申し訳ない気持ちで一杯になりこれを書く。

世の中の人が一人でも多く、真実を知って欲しいと心から願っている。(完)

by hirarin-601 | 2015-09-13 23:56 | 事件