小学校の低学年の頃、植草さんはクラスのみんなに「かずちゃん」と呼ばれていたので、ここでもそう呼ぶことにする。
全校生徒数は約千人だったが、休み時間になると大半の生徒が校庭で遊んでいた。ごちゃごちゃと入り組んで、各々好き勝手に走り回っていた。
三年生の時だったと思う。校庭で友達と鬼ごっこをしていた。前をよく見ないで走っていたためだと思うが、「ゴツン!」と頭を強くぶつけて倒れた。野球をしていた他のクラスの男の子と鉢合わせしたのだった。
起きあがる間もなく、
「オマエのせいで、アウトになっただろう!」
と、すごい剣幕で怒鳴られ、ぶつけた頭の痛みもあって、気の強い女の子だった私もべそをかきそうになった。
そこへ一緒に鬼ごっこをしていたかずちゃんが現れ、
「お前こそあやまれ!」
と助けてくれた。
かずちゃんは、決して腕っ節が強いわけではなかった。やせていて、背も低い方だった。それでも、その怒り狂っている男の子を相手に、私を守るようにして、しばらくの間押し合いをしてくれた。
力ずくのケンカではない、彼らしく正しい理屈を言っていた。どちらにも非があるのだから、この子だけを責めるのはおかしいと。
授業開始のチャイムが鳴って、みんな遊びをやめて下駄箱へと走り、そのケンカもそれっきりになった。泣きそうになるのをこらえていた私は、泣き顔を見られたくなくて、そのままみんなに紛れて下駄箱へと走った。
この時のお礼をかずちゃんに言いそびれたまま、今に至っている。こんなふうに私を守ってくれた男の子は、今までの人生の中でもかずちゃん一人だった。
もしも再会することがあったら、遅ればせながらお礼が言いたい。
「かずちゃん、あの時は本当にありがとう」と。