一秀くんの同級生のブログ

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64年目の東京大空襲に寄せて

終戦の年の3月10日未明、325機の米軍爆撃機B29が東京下町の上空を襲い、2000トンの焼夷弾を落として民間人10万人余りを焼き殺した。

私の両親は当時10代で、どちらも江戸川区に在住し、それぞれの生家でこの日を体験した。江戸川区は墨田・江東・台東区のような被害の中心地ではなかったが、父の家は全焼し、母の家の前の道路には爆弾が落ちて大きな穴があいたそうだ。母は、当時江東区内の女学校に通っていたが、この日を境にクラスメートの半分がいなくなってしまったそうだ。亡くなった人々の遺骸は、数日間道路脇に放置されていて、それを通りがかりに目撃した母は、思春期の心に強い印象を持った。人が倒れたそのままの姿勢で真っ黒いマネキン人形のような状態で道端にゴロゴロ転がっていたという。

私はその話を聞いた当時はまだ幼くて、どういうことなのかよくわからなかった。
昨夜、TBS月曜ゴールデン『シリーズ激動の昭和 3月10日東京大空襲 語られなかった33枚の真実』というテレビ番組を見て、今は亡き母の言っていた情景が心の奥深く入ってきた気がした。
この番組のベースとなった写真は、当時警視庁のカメラマンだった石川光陽氏が撮影したもので、『東京大空襲』というサイトで見ることができる。

テレビでは加害者側にもインタビューをしていた。当時20歳代だったB29の搭乗員は、今でも毎年同窓会を開いているという。そこに番組スタッフが取材に行って石田氏の撮った写真を見せると、皆すまなそうな顔はするが、命令に従ったまでと言っていた。同窓会を開いて旧交を温めているという行為から察するに、自分たちを殺戮者集団とは思っていないようだ。
上官の命令に従って飛行機を操縦し、機械を操作して爆弾を落としただけとは・・・。
無知とは罪深いものだと驚愕する。

親達は、「日本人は戦争に負けたから、戦争はもうこりごりだと思ってるけど、アメリカ人は戦争に負けたことがないから、戦争の悲惨さがわからないんだね。」と言っていた。
アメリカの退役軍人をテレビで見るたびに、本当にそのとおりだと思う。
あの人達は死ぬまで、人々を虐殺したことを誇りに思い、自分たちが良いことをしたと信じて疑わないのだろう。
日本人はアメリカやソ連にはひどい目に遭わされたが、アジアの人々にはひどいことをしたということも忘れてはならない。
戦争に勝ったから人殺しが良いことで、負けたから悪いことだったというのもおかしい。
被害者であると同時に加害者でもある国民の子孫である私たち日本人は、「いかなる場合でも人殺しを正当化してはいけない」ことをよく知っている。
だから、武力を以て平和を唱えることの愚かしさを、辛酸を舐めたことのない無知なアメリカ人に対しもっと強く訴えてもよいはずだ。

銃を保有する民間人による乱射事件がアメリカでは後を絶たないのに、それでも「刀狩り」をしないアメリカという国は、日本とは違う価値観を持った国であり、むやみに迎合してはいけない。
兵器は抑止力の為にあるというが、武器を持った者は必ず使いたがることが目に見えている。

日本人のほとんどが、二度と戦争をしたくないと思っているのに、日本の政治は年々戦争に向かっているように思えてならない。
第二次大戦の時も、国民は戦争を望まなかったのに、軍部が国家権力を掌握して言論統制し、戦争に突き進んで行った。その愚行が、今再び繰り返されようとしてはいまいか。
自民党政府が好戦的なアメリカを支持しているのは国民感情から乖離している。
政府はマスコミを牛耳って、真実を伝えない仕組みを作り上げている。
これらのことは、第二次大戦時とよく似ている。

久し振りに実家の父に電話をかけ、あの焼け野原から、たったひとりで荒波に揉まれて生きてきた思い出話を聞いた。親達に比べれば、自分は楽に生きてきたと思う。今更だけれど、人生の半ばを過ぎた今だから、実感を持って当時の人々の苦しみを思う。
親達の歴史を子ども達にも伝えて行こうと決意した。
by hirarin-601 | 2008-03-11 17:46 | 管理人のつぶやき