一秀くんの同級生のブログ

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カテゴリ:管理人のつぶやき( 12 )

心機一転

このブログを始めて10年。

まさか、まだ存在しているとは自分でもびっくり。

やってもいない罪に問われ、拘置所に入れられた同級生の植草一秀さんを、見ず知らずの方が炎上に晒されながら、ブログで真実を発信していたのに心打たれて始めたものだ。

当時は自分の意見を世間に物申すことができることにびっくりしながらも、まだまだ個人の発信が拡散することはなく、テレビ・新聞・雑誌の力には勝てないでいた。

マスメディアで誤った情報を流されると、個人は取り返しのつかない痛手をこうむっていた。

今では、スキャンダルに巻き込まれた有名人も、自分のメディアで反論できる時代になり、10年前と比較にならないほどスマホが普及したため受け手が増えて、情報が広く伝わるようになった。

植草さんは、法律的にはまだ名誉回復できていないけれど、個人的には立派に再生して活躍していらっしゃる。

堀江貴文氏と同様、世間では冤罪であることをわかってくれているように思う。


実は、植草さんの無実を、一番伝えたかった人に、ちゃんと伝わっていたことが確認できたのです。
バンザイ\(^o^)/



そこで、このブログも植草さんから離れて、完全に管理人の考えのみを伝えるブログにリニューアルしようと思う。

私の価値観を大きく変える契機となったのが「植草事件」であり、世界の見方を大きく変えるものであったため、そこで得た視点を読者の皆様と共有するブログにしたい思う。

しかし、植草さんの考えとはちょっと違っていて、全くつながりはない。

その他にも立派な同級生がいるので、活動を紹介したいと思っている。


2016年4月1日。

とってもキリが良いので、今日から新しいブログになることを宣言します!
by hirarin-601 | 2016-04-01 13:27 | 管理人のつぶやき

プロフィール

みなさん、こんにちは。
私はクマちゃんと呼ばれてましたよ。
植草くんとは小・中学校が同じで、小学校では6年間同じクラスでした。
母親同士が友達だったこともあり、小学校3年生の夏休みには、
3家族で一泊旅行に行ったこともあります。
小さい頃親しかったので、彼の人柄を良く知っている証言者であると自負しています。

by hirarin-601 | 2015-07-13 07:12 | 管理人のつぶやき

エピローグ

2011年を象徴する漢字は「絆」でしたが、震災を機に人々の価値観が大きく変わっているように思います。
世界を見ると、チュニジア、エジプト、リビア、北朝鮮から独裁者が没落したり死去しました。
資本主義国家でも、反格差デモが続いています。
おかしいことが行われていた世界が終わって、宇宙的に正しいことが行われる世界になってほしいと思います。
これからは、法律的にとか、ある地域や組織の一員として正しいことだけ行っていれば良いのではなく、宇宙の一員として正しいことを行ってゆかなくてはならないと思います。
私たちひとりひとりが、日々判断し、積み重ねてゆくことによって、世界を変えるのだと思います。
来年から、全く新しい秩序によって世の中が大きく、より良く変わって行くものと期待しています。

このブログは役割を終えました。
というか、とうに終わっていたのですが、新しい世界観のはじまりを予感して、ここではっきりとひとつの事の終わりを宣言したくなりました。
今まで見てくださった皆様、ありがとうございました。
2011年の終わりと共に、小ブログは終了いたします。

管理人より愛と感謝をこめて 
by hirarin-601 | 2011-12-30 13:24 | 管理人のつぶやき

ふと感じたこと

「ふと感じたこと」

政治家が堂々と「愛」を説く時代になった。
それだけ日本人が成熟してきた証ならば喜ばしいことだ。

根底に「愛」のある言動のみが人の心を打ち、遠くまで届き、最後まで残るのだと最近気付いた。
発する言葉の中に「愛」があるのかないのか、それがその言葉の価値を決めることになると思う。
愛のない言葉は無意味だと思う。
自分の言動に気を付けようと思った。
by hirarin-601 | 2009-05-31 00:40 | 管理人のつぶやき

迎春

新年あけましておめでとうございます。
ほとんど更新をしなくなりましたが、今年も細々とブログを続けて参ります。
カテゴリ分類して、「少年時代の植草さん」についての記事を、興味のある方が参照しやすいようにしました。
今年もよろしくお願いいたします。
by hirarin-601 | 2009-01-01 22:55 | 管理人のつぶやき

警告!

当ブログをおとしめるための下品な、悪意のある書き込みをなさいませんように。
今後そのような書き込みをしたと管理人がみなした場合、IPアドレスをさらします。
by hirarin-601 | 2008-08-11 17:46 | 管理人のつぶやき

64年目の東京大空襲に寄せて

終戦の年の3月10日未明、325機の米軍爆撃機B29が東京下町の上空を襲い、2000トンの焼夷弾を落として民間人10万人余りを焼き殺した。

私の両親は当時10代で、どちらも江戸川区に在住し、それぞれの生家でこの日を体験した。江戸川区は墨田・江東・台東区のような被害の中心地ではなかったが、父の家は全焼し、母の家の前の道路には爆弾が落ちて大きな穴があいたそうだ。母は、当時江東区内の女学校に通っていたが、この日を境にクラスメートの半分がいなくなってしまったそうだ。亡くなった人々の遺骸は、数日間道路脇に放置されていて、それを通りがかりに目撃した母は、思春期の心に強い印象を持った。人が倒れたそのままの姿勢で真っ黒いマネキン人形のような状態で道端にゴロゴロ転がっていたという。

私はその話を聞いた当時はまだ幼くて、どういうことなのかよくわからなかった。
昨夜、TBS月曜ゴールデン『シリーズ激動の昭和 3月10日東京大空襲 語られなかった33枚の真実』というテレビ番組を見て、今は亡き母の言っていた情景が心の奥深く入ってきた気がした。
この番組のベースとなった写真は、当時警視庁のカメラマンだった石川光陽氏が撮影したもので、『東京大空襲』というサイトで見ることができる。

テレビでは加害者側にもインタビューをしていた。当時20歳代だったB29の搭乗員は、今でも毎年同窓会を開いているという。そこに番組スタッフが取材に行って石田氏の撮った写真を見せると、皆すまなそうな顔はするが、命令に従ったまでと言っていた。同窓会を開いて旧交を温めているという行為から察するに、自分たちを殺戮者集団とは思っていないようだ。
上官の命令に従って飛行機を操縦し、機械を操作して爆弾を落としただけとは・・・。
無知とは罪深いものだと驚愕する。

親達は、「日本人は戦争に負けたから、戦争はもうこりごりだと思ってるけど、アメリカ人は戦争に負けたことがないから、戦争の悲惨さがわからないんだね。」と言っていた。
アメリカの退役軍人をテレビで見るたびに、本当にそのとおりだと思う。
あの人達は死ぬまで、人々を虐殺したことを誇りに思い、自分たちが良いことをしたと信じて疑わないのだろう。
日本人はアメリカやソ連にはひどい目に遭わされたが、アジアの人々にはひどいことをしたということも忘れてはならない。
戦争に勝ったから人殺しが良いことで、負けたから悪いことだったというのもおかしい。
被害者であると同時に加害者でもある国民の子孫である私たち日本人は、「いかなる場合でも人殺しを正当化してはいけない」ことをよく知っている。
だから、武力を以て平和を唱えることの愚かしさを、辛酸を舐めたことのない無知なアメリカ人に対しもっと強く訴えてもよいはずだ。

銃を保有する民間人による乱射事件がアメリカでは後を絶たないのに、それでも「刀狩り」をしないアメリカという国は、日本とは違う価値観を持った国であり、むやみに迎合してはいけない。
兵器は抑止力の為にあるというが、武器を持った者は必ず使いたがることが目に見えている。

日本人のほとんどが、二度と戦争をしたくないと思っているのに、日本の政治は年々戦争に向かっているように思えてならない。
第二次大戦の時も、国民は戦争を望まなかったのに、軍部が国家権力を掌握して言論統制し、戦争に突き進んで行った。その愚行が、今再び繰り返されようとしてはいまいか。
自民党政府が好戦的なアメリカを支持しているのは国民感情から乖離している。
政府はマスコミを牛耳って、真実を伝えない仕組みを作り上げている。
これらのことは、第二次大戦時とよく似ている。

久し振りに実家の父に電話をかけ、あの焼け野原から、たったひとりで荒波に揉まれて生きてきた思い出話を聞いた。親達に比べれば、自分は楽に生きてきたと思う。今更だけれど、人生の半ばを過ぎた今だから、実感を持って当時の人々の苦しみを思う。
親達の歴史を子ども達にも伝えて行こうと決意した。
by hirarin-601 | 2008-03-11 17:46 | 管理人のつぶやき

えん罪被害者に贈る詩

「人を感動させる歌」についてのコメントをいただいたので、素敵な詩をご紹介したくなりました。
私の尊敬する飯田史彦先生が作詞作曲し、先日先生のHP
『飯田史彦研究室へようこそ!』で公開されたものです。

『逢いたい』は、先だった我が子を思う親の気持ちを歌ったものですが、勾留されたり刑務所に入れられて、愛する我が子や家族に会えないでいるえん罪被害者の気持ちと重なるように思います。
『お陽さま・お月さま』は、私にはえん罪被害者の心情そのものという気がします。

人それぞれ感じ方は違うと思いますが、どんな人がどんな状況で歌ってもぴったりくるのが飯田先生の詩なのですね。

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 逢いたい
(作詞作曲:飯田史彦)


ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

さみしすぎて 切なすぎて もう 待てない

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

この願い かなう時が 来ると 信じている



いつも信じている あなたを信じている

誰に何を言われても 信じ続ける

いつもつながってる あなたとつながってる

遠く離れているけど すぐそばにいる



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

ほかに何も いらないから 今 今すぐ 逢いたい

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

あなたのこと 強く強く どうか 抱きしめさせて



いつも信じている あなたを信じている

くじけそうな時にほど 深く信じる

いつもつながってる あなたとつながってる

そこに姿はなくても はっきり見える



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

さみしすぎて 切なすぎて もう 待てない

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

この願い かなう時が 来ると 信じている



   ともに過ごした あの歳月(としつき)

   今も 心に 生きている

   あなたの笑顔 あなたの声

   思いがけない 別れの時・・・



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

ほかに何も いらないから 今 今すぐ 逢いたい

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

あなたのこと 強く強く どうか 抱きしめさせて



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

さみしすぎて 切なすぎて もう 待てない

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

この願い かなう時が 来ると 信じている



いつも 信じている

いつも 信じている・・・


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お陽さま・お月さま
(作詞作曲:飯田史彦)



ルルルル〜 ルルルル〜 ルルルル〜 ルル〜ルル〜

ルルルルルルル〜 ルルルルルルル〜 ルルルルルルル〜ル〜ル ル〜ル〜ルルル〜



 気をつけなさい あなたはいつも 人を信じすぎると

 叱られているけれど それが僕の生き方

 たとえ だまされ ばかにされても だれも責めたくないと

 自分に言いきかせて 誇り高く生きたい



お陽さま お月さま 光をください

涙を 乗りこえる 力をください

希望は捨てない どんな時にでも

心を 光で 満たして歩こう



 気楽になさい あなたはいつも がんばりすぎていると

 忠告されるけれど それが僕の生き方

 むくわれなくて 疲れはてたら 祈りの気持ちこめて

 大空を見上げれば 心の奥が光る



お陽さま お月さま どうか見守って

試練に 立ち向かう 僕を見守って

希望は捨てない どんな時にでも

心を 光で 満たして歩こう

ラララララララ〜 ラララララララ〜 ララララ〜 ララ〜ララ〜

ラララララララララ〜 ラララララララララ〜 ラララララララ〜ラ〜ラ ラ〜ラ〜ラララ〜



くやしい かなしい だけど生きていく

くるしい むなしい だから前を向く

ラララララララ〜 ラララララララ〜 ララララ〜 ララ〜ララ〜

ラララララララララ〜 ラララララララララ〜 ラララララララ〜ラ〜ラ ラ〜ラ〜ラララ〜



お陽さま お月さま 光をください

涙を 乗りこえる 力をください

お陽さま お月さま 光をください

すべてを 信じる 力をください・・・

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by hirarin-601 | 2008-02-23 14:00 | 管理人のつぶやき

謹賀新年

あけましておめでとうございます!

「偽」の年が終わり、「真実」が現れる年になりますように!
by hirarin-601 | 2008-01-02 11:03 | 管理人のつぶやき

奇跡を信じています −I have a dream− 

人は笑うかもしれない。
でも私は、奇跡が起こると信じ願っている。


政治家が私利私欲や保身を捨て、真に民衆の為の良い政治をするように。
裁判官が私利私欲や保身を捨て、正義の判決を下すように。
国家公務員が私利私欲や保身を捨て、組織や国家権力の擁護よりも、人々の幸福の為に良い仕事をするように。
検察官が私利私欲や保身を捨て、組織や国家権力の擁護よりも、人々の幸福の為に良い仕事をするように。
警察官が私利私欲や保身を捨て、組織や国家権力の擁護よりも、人々の幸福と安全を守る為に良い仕事をするように。
ジャーナリストが私利私欲や保身を捨て、組織防衛よりも、人々の幸福と安全を守る為に良い仕事をするように。

事件の被害者が他人によって不幸にされたのが明白なように、冤罪被害者も人の手によって不幸にされていることを、多くの人々が気付くように。
人々が事件の被害者に同情するのと同じように、冤罪被害者を思いやることができるように。
私たちひとりひとりが、他人の不幸に無関心ではなくなるように。

この世から冤罪(えんざい)がなくなるように。
今冤罪で苦しんでいるすべての人々の疑いが晴れ、家族に心安らかな日々が戻るように。
by hirarin-601 | 2007-12-20 05:19 | 管理人のつぶやき