一秀くんの同級生のブログ

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理解されない優しさ

 小学生の頃のかずちゃんは、弱い子や女の子にはとても優しかった。その植草さんが、またしても性犯罪で逮捕されたというのが、どうしても腑に落ちない。私には彼が人のいやがることをしたとはどうしても思えないのだ。
 事実はむしろ逆なのではないかと考えている。

 ことの発端は、8年前の電車内でのこと。ボックス席の向かいに座っていた女性が、通りかかった車掌に植草さんのことを『この人ちょっと感じが悪いんですが』と言ったという。
 植草さんは、当時太もものところに湿疹があり、何度か掻いたということ、荷物をひざの上において手で押さえていたが、電車が揺れたときに、小指が女性のひざに一瞬ふれたということは自覚している。
 それがなんと自慰行為をし、女性に触ったということにされてしまった。
 なぜか?
 それは、最初の車掌への説明で、
「もし不快な思いをさせてしまったなら申し訳ない」と謝ったことに尽きると思う。
 植草さんの謙虚さや優しさが、この車掌や訴えた女性にわからなかったために起こった不幸な出来事だ。普通、疑われるようなことをやってないなら、「ふざけるな。そんなことを考える方がどうかしてるよ!」ぐらいは言うのではないか。自分が考えてもいない容疑をかけられたら、普通の人ならみんな怒り出すのではないか。けれども、植草さんはとても穏やかな人で、決して乱暴な物言いをする人ではなかった。「話せばわかる」と、人を信じる人だった。
 残念なことに、普段から本物の痴漢と接している車掌には、植草さんの高潔さが理解できずに、深い思いやりから出た謝罪を、罪を犯した人の謝罪と勘違いしてしまった。
 その後駅の鉄道警察で、状況をいくら説明しても頭から信じてもらえず、夜の11時まで4時間も押し問答を続けた挙げ句、『もう時間切れだから認めなければ逮捕だ』と大声を上げて脅され、『触ったと認めて、上申書をここで書けば帰してやる』というのでしかたなく相手の言うとおりにしたと、植草さんは後日、「ライブドアPJニュース」の取材で語っている。
 その時は弁護士に相談するという考えが及ばず、そのまま誰にも言えずにいたら、後で検事に呼び出されたので再度事情を説明したが、上申書を既に書いていることを鋭く責められ、どうにもならないので罰金を払ったという。
 植草さんは当時よくテレビに出ていたので、マスコミに知られることを極度に恐れ、それを免れるために安易な妥協をしてしまったが、本当は筋を通すべきだったと悔やんでいる。
 なぜならこのことが、二年前の事件の裁判で検察側に利用され、植草さんには非常に不利に作用したからだ。

 セクハラは、被害者が「被害を受けた」と感じたら、セクハラの事実があったということになるそうだ。
 差別語も、言った人に他意がなくとも、言われた人が「差別された」と感じたら、やはり謝罪するべきだとする意見が多くなってきた。
 植草さんは、そういうデリカシーを人一倍持ち合わせている人なのだ。
「自分には全く身に覚えがないが、相手に不快感を与えたなら謝る」という言葉は、彼の思いやり深い謙虚な人柄を良く表している。それを「気の弱さ」としか取れない世間の方がどうかしていると、私は思う。

 二年前の事件では、手鏡でのぞいてもいないのに、どうして「被害者」とされる女性に示談金を払ったのか、やってないなら謝る必要がないだろうと、多くの人から誤解を受けた。(※脚註参照)
 これも、彼の優しさがアダになったと思う。

 今回、「人違いでしょう」と言ったのにも、被害に遭ったとされる女子高生に対する思いやりが感じられる。
 植草さんの「やっていない」という主張が本当なら、女子高生が嘘をついていることになる。嘘をついてまで人を陥れようとする悪意を、彼は認めたくなかったのだと思う。だから、人違いか勘違いという「逃げ場」を、植草さんが女子高生に残してあげたのではないかと思えてしまう。
 この「人違い発言」が、やはり不利に働くと言う人もいるので、どうかもう人のことは思いやらなくていいから自分のことだけ考えてと彼に言いたい。

 「人を信用しやすい自分の性格が災いしました」と去年植草さんは語った。私は更に「彼の優しさが世間に理解されないことが災いしている」と思う。
 謙虚さの美徳を讃えることも最近ではめずらしくなった。植草さんが理解されないことは、日本人が本来持っている美徳を失っていることに思えてならない。



※註 2004年の事件の際の示談について

   『AAA植草一秀氏を応援するブログAAA』で
       詳細説明がありましたので、
       こちらにも転記させていただきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
植草氏は、2004年の事件の際、被害者と言われる女性と示談が成立していますが、
それはその女性に、『完全に容疑を否認しているという事を伝えた上での示談成立』です。
そして、その女性の方から『裁判にしないで欲しい』という希望が検察に出されたとの事。

1. 植草氏は容疑を完全否認していることは女性側にはっきりと
   伝えており、その上で成立したものであるということ。

2. そしてその了解後『裁判にしないで欲しい』という言葉も
   女性側から届けられたものであるという事。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 この点が、私の投稿でも抜けていたため、お読みになった方に誤解を与えることになったかもしれないと思い、補足説明とさせていただきます。
by hirarin-601 | 2006-10-25 03:21 | 事件

庶民の味方

 かずちゃんと私が大きくなるまで住んでいた江戸川区は、東京の東のはずれにある。下町と言えば浅草だが、その浅草で庶民文化が栄えた江戸時代には、江戸川区はまだ未開な土地だったのではないだろうか。

 私の父は商店従業員を経て独立し、小さな商店の経営者となった。バブルが崩壊してからは真っ先に不況の煽りを受け、同業者や取引先がバタバタと倒産する中で、不渡り手形をつかまされたことは何度もあり、苦労の連続だった。いわば、小泉政権に切り捨てられ、痛みを押しつけられ苦しんできた庶民の代表格だ。父は、人の借金を肩代わりされられたことは何度もあるけれど、他人に迷惑をかけたことは一度もない。私は密かに尊敬している。
 そんな父を持つ私にとって、植草さんが一貫して庶民の味方でいてくれたことは、本当にうれしかった。植草さんをあるときテレビの中に見いだしてからは、経済番組にはあまり興味がなかったのだが見るようになった。難しい経済理論はわからなかったが、常に庶民の側に立っての政策運営を提唱していることはよくわかった。
 庶民感覚──これは私自身の感覚であり、幼少時の植草さんも、育った地域の人々からおそらく肌で感じ取ったであろう感覚だと思う。

 植草さんは「弱者切り捨て政策」を厳しく非難している。また、高級官僚OBに、働きに見合わない破格の待遇を私達の税金から出させる制度であるところの「天下り」の廃止を訴え続けてきた。郵政民営化を改悪と言っているのも、銀行界にとって良いだけで、国民に利益と幸福をもたらさないという視点からのものだ。

 植草さんは「政治は弱者をしっかり守るためにあると思っている」と言う。こういう心情を持った政治家が、一体今どれだけいるのだろう。弱いものを平気で切り捨てる小泉政権を許せないからこそ、我が身の危険を顧みずに厳しい批判をしてきたのだと思う。そんな勇気を持った人であることを、なぜ世間は理解しないのだろう。私達の最大の味方を権力が葬ろうとしているなら、私はそれを黙って見ていることはできない。

 ところで、植草さんが今回、どうして電車に乗ったのか?
 これは私にとっても事件当初は最大の謎だった。普通ならタクシーに乗るところだと私は思った。いずれ本人が直接語れるようになれば、その理由も明らかになることだろう。だがここで、彼の人となりをよくよく考えて見ると、案外彼の「庶民感覚」に答えがあるのかもしれない。あくまでも推測だが…。
 彼自身は、自分をセレブでもなければ特別な要人でもない、一般の生活者にすぎないと考えていたのではないか。一般人と同じように、彼が日頃から電車に乗って移動しているのだとしたら、そこに彼の庶民の味方たるゆえんを、幼なじみの私は感じてしまうのだ。
by hirarin-601 | 2006-10-17 14:44 | 管理人のつぶやき

裁判所の公正さを問う

 東京地裁が5日、植草さんの保釈許可を出したが、東京地検からそれを不服とする準抗告がなされ、その申し立てが認められて保釈取り消しとなった。
 逃亡の可能性、証拠隠滅の可能性のどちらかが認められたということらしいが、それはおかしい。
逃亡?・・・国内では顔が知れ渡っているし、日本以外に活動拠点を持たないので、国外逃亡もあり得ない。
証拠隠滅?・・・現行犯逮捕で被害者・証人は警察が押さえているのであり得ない。
被害者・証人を脅迫する可能性?・・・やろうと思えば植草さんでなくてもできる。
 どう考えてもおかしい。
 だいたい、このような微罪で準抗告がなされること自体が不自然だ。裁判所が準抗告を認めたのはもっとおかしい。これは大勢の株主に迷惑をかけた、インサイダー取引疑惑ではないし、不正経理問題でもない。

 日本は三権分立していないとはよく言われることだが、少なくとも建前だけは、三権分立を守っていたと思っていた。今回このような形で、モラルもプライドもかなぐり捨てて、べったりと検察にすり寄る裁判所の姿を見せられると、世も末だと思う。

 これは、単なる被害者がひとりの痴漢事件である。・・・と書くと、フェミニストの方々にお叱りを受けるかもしれない。しかし、私自身痴漢被害の経験はあり、その厭な経験を踏まえてみても、こんな長期の身柄拘束は理不尽なことこの上ないと思う。被害者の言い分が事実だと仮定しても、その「被害」とは一時的に不愉快な思いをさせられたということであり、傷害事件でもない。一方容疑を否認している植草さんは、奉職先の大学から免職処分を受け、自分の会社もパソコンを押収されて顧客名簿を奪われたために、情報配信の本業が立ちゆかなくなっている。実際の金銭に置きかえたら大損害をこうむっている。検察の準抗告が、単なる嫌がらせ以上に悪質なのは、容疑者の生活の道を断とうとしていることにある。
 植草さんが勾留され続けることによって受ける不利益は、それだけではない。裁判に備えるための弁護士との打ち合わせをする上での制約を受けるし、記者会見などをして、直接世論に訴えかける機会を奪われるのである。
 今東京地検がやっていることは、痴漢に遭ったという女性の訴えだけを尊重し、容疑者の権利を踏みにじるという非道なことだ。まだ捜査の過程であるにもかかわらず、容疑者となった一人の男性の仕事を奪い、その人の家族の生活を脅かすという罰を与えているのだ。これが社会正義と言えるのだろうか?
 もしも、自分の夫が、父親が、息子がこんなふうに逮捕されたら恐ろしいことだと思う。家族のため、生活のため、やっていないことであってもやったと認めるほかないだろう。そうしないと、ずっと勾留され続けなければならないわけだから。

 もしも邪悪な人間が誰かの名誉を傷つけようと思ったならとても簡単。例えば俳優を雇って痴漢容疑をでっち上げ、原則として「疑わしきを罰する」判決が下される痴漢冤罪裁判に持ち込めば良い。そんな映画のような悪夢の世界が、あながちフィクションだけではないと思えてしまった。
 ジョージ・オーウェルの小説「1984」に描かれているような密告社会が、すぐそこに迫ってきているような、底知れない不安感を持った。
by hirarin-601 | 2006-10-10 21:13 | 警察・検察・司法

植草さんの最新のコラムに思う

 植草さんの逮捕に疑問を持ち、いろいろ調べてみると、植草さんが小泉・竹中政策批判の急先鋒だったことに突き当たる。
 私は専門家ではないしそんな能力もないので、ここで偉そうに政策批判をするつもりはない。ただ、国民のひとりとして小泉政権の五年間を振り返ると、「暮らしはじわじわと悪くなっている」のを実感している。それだけに、新しい政権への期待も少しはあるのだが・・・。

 勾留中の植草さんが、「安倍政権の発足と今後の日本経済・金融市場への影響」と、「日銀短観(10月2日)と今後の金融市場の展望」を執筆し、ご自身の会社のホームページに追加した。(たぶん手書きの原稿を、人づてに会社関係者に渡して打ち込んでもらったのだろう。)
 これを読むと、植草さんが勾留されてなお、日本経済の先行きに不安を感じ、安倍政権に示唆を与えて、経済の悪化を招かないようにと危惧しているのがわかる。国が経済政策を誤れば、真っ先に困るのは庶民である。植草さんは、庶民の利益を第一に考えた政策を一貫して説き続けている。
 容疑を否認して勾留されている身でありながら、ご自身の身の上には一切触れず、私達の暮らしを心配し、政治家が政策を誤らないようにと案じておられるのである。植草さんの今の心情を思うと涙が出る。

 私のブログにも、こんなコメントが寄せられた。
 「植草氏が救おうとしている国民が、マスコミの偏った報道で彼を侮蔑する空気には悲しいものがあります。」
 「多くの人々はどこを見ているのでしょうか。面白おかしく盛り上げては叩き、物事の本質を見ず現状を知る事もない。それが一億人の姿でしょうか。」

 植草さんの言論が封じられて困るのは、私達である。
by hirarin-601 | 2006-10-07 13:38 | 植草さんの主張

ベストテン

 小4の時受け持ちになったS先生は独特な教え方をした。「ベストテン」という競争方式だ。
 どうやるかというと、まずクラス全員の名前を書いた棒グラフを教科別に作って、壁に貼っておく。授業で先生が問題を出したら、生徒は答えを書いたノートを教壇まで見せに行く。正解なら先生に「ベストテン!」と言われ、黒板に自分の名前を書く。先着10人までが名前を書くことができた。そしてこの10人は、後で棒グラフの自分のところに1マス赤いマジックで塗って良いことになっていた。正解が多くなればグラフも伸び、その教科の勉強がよくできていることが、クラス全員に一目瞭然となる。
 これには私も燃えた。今思えば、意欲のない子供のモチベーションを高めるには抜群の指導方法だ。私は見事にはまり、家に帰ってからも勉強するようになった。学校の勉強を一生懸命やったのは、その時が初めてだった。
 S先生のやり方のポイントは、努力した者が報われ、褒められるということだ。何らかの努力が認められると、ボーナスポイントがもらえた。そして、めったに褒められない子も、時にはベストテンがもらえるように配慮がなされていた。同じ班の子供同志で、教え合ったり助け合ったりするようにさせたのだったかもしれない。この方式でクラス全員の学習意欲が向上したと思う。S先生には今でも感謝している。

 さて、このころはかずちゃんの他にも勉強のできる子は何人もいたし、ベストテンのグラフが伸びているのはかずちゃんだけではなかった。彼は勉強ができるのを鼻にかけるようなことは決してなく、周囲も彼を特別視しなかった。けれども、彼を「並はずれている」と感じさせたエピソードがある。

 理科の時間に、「卵の黄身と白身では固まる温度が違うので、ポットの中に卵と70度のお湯を入れ、一晩おくと黄身だけ固まっているはずだ」と先生が言った。別に宿題と言われたわけでもないので、ほとんどの生徒はそのまま何もしなかった。次の日になって、かずちゃんともうひとりの男の子が、卵の入ったポットを持ってきた。先生が卵を割ってみたところ、ちゃんと固まっていなかったが、このふたりは努力が認められてベストテンをもらった。
 私は、ベストテンがもらえるならやってみればよかったと思った。そのまた翌日、今度はかずちゃんだけがポットを持ってきた。前日のよりうまい具合に黄身が固まっていた。先生はこの日もベストテンを進呈した。なんだ、今日ももらえたのかと、少し悔しく思った。でも、かずちゃんだってこの日もベストテンがもらえるかどうかはわからなかったはずだ。どうしてそんな面倒な実験をわざわざやったのかな?と考えて気付いた。
「かずちゃんはベストテンが欲しくてやったんじゃなく、知りたくてやったんだ。」

 私が勉強をがんばるのは、先生に褒めてもらいたい、友達に負けたくないという理由からだった。しかし、彼のモチベーションは他者から与えられたものではなく、自ずから備わっているものだった。
 彼の向上心や探求心が、一体どこから来るのかはわからなかった。ただ、私は彼を見ていて大いに啓発され、自分ももっと積極的に物事に取り組まなければいけないと思った。小学校の六年間、彼の言動から教えられることは多く、良い子供時代を送ることができたと思う。

 彼という同級生を持てたことは、私の人生の宝だと思う。かずちゃんには心から感謝している。
by hirarin-601 | 2006-10-05 10:32 | 少年時代の植草さん

努力の人

 エリートと言われる人を闇雲に批判したい人達の決めつけ方のひとつに、「お勉強だけして、まともな人間形成をしてこなかった」というのがある。事件後、彼をこんなふうに言う人がたくさんいたが、かずちゃんは勉強だけをしてきたわけではない。

 彼は小学校六年生の時は、ブラスバンドクラブに入ってクラリネットを吹いていた。私は五年生からこのクラブに入っていたが、指導の先生が厳しかったので、皆真面目に放課後の練習に出ていた。
 中学生になってからは、一度も同じクラスになったことがないので詳しくは知らない。クラス対抗合唱コンクールの指揮者をしたこと、生徒会長になったこと、運動会の応援団の指揮を執ったことは知っている。ただ、彼が何らかのリーダー的役割をしていたのは誰もが想像するとおりなので、ここで特筆すべきこととは思わない。彼がテストで一番になっても驚かなかったが、私が心底びっくりしたのは、彼が素晴らしいアスリートぶりを発揮した出来事だ。
 小学生の頃は体も小さくて、体育は苦手のようだった。その彼が、中学生生活最後の運動会のマラソンで、なんと優勝してしまったのだ!
 その中学校の生徒数は全部で千人弱だったろうか。男子の中で一番と言うことは、女子も含めた誰よりも早いということになる。彼よりもっと体格も良く、スポーツ万能と言われる生徒は大勢いた。その中で一位を取ることがどんなに難しいことか。しかも得意分野でない体育系で一番になるのが容易なはずはない。人の知らないところで、彼はどんなに懸命に練習したのだろうかと思った。

 彼を「お勉強だけしてきて…」とか「努力もしないで…」と言った人達は、嘘を言っていたのである。メディアを通じて嘘を流布するのは、恥ずべき行為である。揶揄した人達にもしも良心があるなら、軽々しい言動を深く反省し、きちんと謝罪して欲しい。
by hirarin-601 | 2006-10-03 22:55 | 少年時代の植草さん

かずちゃんの家

 かずちゃんの家には一度だけ、誕生日に招かれて行ったことがある。
 私たちが小学校1、2年の頃のことだから、昭和42、3年のことである。クラスの友達何人かを家に招いてお誕生パーティーをしていたが、たぶん私が自分の誕生日に彼を招いたので、そのお礼に誘ってくれたのだと思う。

 彼の家は庭付き一戸建てで、新しくてきれいだった。庭には花壇があり、犬を飼っていた。当時借家住まいをしていた自分の家と比べると、とても素敵な家に見えた。
 ごちそうに何が出たのか記憶が定かでないが、プリン・アラモードのようなデザートが、ひとり分ずつ器に盛られて出たのは覚えている。こんなハイカラなデザートを、お母さんが作っているのかとびっくりした。
 いつもかずちゃんと一緒に遊んでいる男の子が、スタスタと二階の子供部屋へ入って行ったので、その子の後から付いて行き、かずちゃんの勉強部屋を少しだけ見ることができた。私が家で自分の机を持てたのは高学年になってからだったので、彼が自分専用の学習机を持っていたのに驚いた。今なら普通なのかもしれないが、すごい機能のついた机に見えた。顕微鏡や望遠鏡もあり、教育熱心なご家庭だったことが伺われる。

 かずちゃんのお父さんが、玄関で私達を慈しむような、仏さまのような笑顔で出迎えてくれたのを覚えている。お母さんのよく響く明るい笑い声も、断片的ではあるが印象深く記憶している。
 今それらの記憶をたどると、ご両親に愛されていた彼の姿が浮き彫りになる。底抜けの明るさ、人への優しさ、聡明さ、積極性などの、私が初めて出会って瞠目した彼の数々の美徳は、この堅実な温かいご家庭で育てられたのだと思う。

 その彼が、このご両親を裏切ってまで、二度もの愚考を重ねたとは、どうしても思えない。
 彼はいつも爽やかで、正々堂々としていた。
 その彼が、卑劣で稚拙な犯行を繰り返したというのが、どうしても腑に落ちない。
 私にとっては、ライオンがバナナを食べたとか、松の木に林檎がなったと聞いたのと同じ、奇妙なありえない話だ。
by hirarin-601 | 2006-10-02 13:21 | 少年時代の植草さん

アベック

 かわいい思い出がある。
 小学校に入学して、まだそんなに経っていない頃だったと思う。
 学校からの帰り道でかずちゃんと一緒になった。
 ポツポツ雨が降ってきたが、私は傘を持っていなかった。
 かずちゃんが自分の傘に一緒に入れてくれた。
 彼はこういうことを、ごく普通にしてくれる子供だった。

 何を話したのかは覚えていない。でも彼と話すのがとても楽しかったのは覚えている。
 この子ともっと話がしたい、お友達になりたいという気持ちが湧き起こった。

 ちょうどその時、同じ小学校の年上の男の子達が3、4人後ろから走って来て、
「アベック、アベック」とからかって去って行った。
 二人ともびっくりして走りだし、そのままそれぞれの家まで逃げ帰った。
「男の子と女の子はアベックなんだ!」
と知って、それ以後、かずちゃんと私が特に親しくなることはなかった。

 この時の、私が彼を好もしいと思う気持ちは、異性に対するものなどではなく、「善いもの」に対するあこがれだったと思う。
 同性同志だったらもっと仲良しになれたに違いない思うと、ちょっぴり残念だ。
by hirarin-601 | 2006-10-01 10:10 | 少年時代の植草さん