一秀くんの同級生のブログ

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植草氏の新刊書が出ました!

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『知られざる真実−勾留地にて−』
 植草一秀 著
 株式会社イプシロン出版企画
 単行本 269P
 本体価格1,800円(税込1,890円)

『勾留132日間 東京拘置所内 渾身の書き下ろし』
『満身創痍にひるまず巨大権力に立ち向かう著者が現代日本政治経済の闇を抉る戦慄の告発書』
「苦難を克服し、信念を守って生きてゆきたい。発言を続けることは危険を伴う。しかし、人はパンのみに生きる存在ではない。いかなる妨害があろうとも屈服せず、勇気をもって今後も発言を続ける覚悟だ。」(第三章「不撓不屈」より)

内容
プロローグ     想像力
第1章       偽装(小泉政権の経済金融政策を抉る)
第2章       炎(半生記)
第3章       不撓不屈(望ましい社会のあり方と生きがい論)
エピローグ
巻末資料      真相(事件の概要)

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以上、スリーネーションズリサーチ株式会社のHPに出ていました。

 楽天ブックス
 アマゾン     より購入できるようです。


 東京拘置所での勾留中に書きおろした本です。
 植草氏が今まで出した本とはまったく違う内容のようですね。
by hirarin-601 | 2007-07-31 16:33 | 知られざる真実 著書

冤罪被害者の人権を無視するな!

 先日の公判での求刑理由として「被害者の精神的ショックは大きい」と検察官が述べたそうだが、事件と直接関係のない被告人の私生活を再三にわたって暴露する検察官に、人権意識などあるのかどうか疑問だ。

 痴漢被害者の気持ちを考えろという人がいる。
 その人に言ってやりたい。
 冤罪被害者の妻や子供の気持ちを考えたことがあるか?と。

 被害者の気持ちはわかる。
 私も痴漢の被害を受けたことがあるから、そう言える。
 小学校5年生の時から、ラッシュ時に電車通勤していた20歳代まで、回数は覚えていないがイヤな人間にイヤな目に遭わされた。痴漢をした男の家族や仕事仲間にその者の所業を教えてやり、弱者に対し卑しい行為をする人間とのレッテルを貼ってやりたいと思ったものだ。
 けれども、私に加害した痴漢どもによって、自分の人生が変わったとは微塵も思わない。

 痴漢の被害者を思いやることのできる優しい人ならば、是非とも冤罪被害者の家族の気持ちを想像してみて欲しい。
 経験がないので私も想像するだけだが、間違いなく人生が変わってしまうだろう。
 自分の夫や父が、やってもいない罪に問われ、会社を解雇され、社会から追われたら、奈落の底に突き落とされるに違いない。
 子供だったら、人格形成期に父がそういう目に遭わされている姿を目の当たりにしてなお、社会正義を信じろと言う方が無理だろう。
 「やってもいない罪に問われる社会」の恐ろしさは、その子の心に深く刻みつけられることだろう。

 人生が変わるほど、踏みにじられ、傷つけられるのは、冤罪被害者とその家族である。

 傷つけるのは、正義の仮面をかぶった保身第一の警察・検察であり、それと癒着しているマスコミであり、真実を知ろうとしない無知な一般大衆である。
by hirarin-601 | 2007-07-23 14:05 | 痴漢冤罪

7月18日・第10回公判と、報道について

 7月18日の公判で検察側の「論告求刑」が行われた。4日の弁護側目撃者証言を受けて、検察側がどのように反論してくるかに注目していた。
 なにしろ先日の証人は、検察側の主張する品川駅からの0〜2分という連続した犯行時刻に、つり革に捕まった状態で「痴漢をしていない」植草氏を目撃し、完全なアリバイを証言したのだから。

 私の予測としては、検察側が起訴状の犯行時刻を2、3分後にずらし、目撃者がウトウトしていて植草氏を見ていなかった時間に変更してくるのではないかと懸念していた。(そのようなインチキは、実際よくあることらしい。)
 前々回のエントリーで書いた阿曽氏への批判は、「起訴状の犯行時刻の変更」というルール違反が、あたかも当たり前のことのように書かれていたことに憤慨したものだった。傍聴経験の豊富な阿曽氏には現実がよくおわかりだったのだろうが、私の常識としてはそんなことは許されてはならないのである。

 検察側は、私の予測に反して犯行時刻の変更はせず、4日の証人が同じ電車に乗っていたかどうかが疑わしいと反論してきた。その内容ついては「植草一秀氏を応援するブログ」の「7月18日:論告求刑」に詳しく書かれている。

 18日の公判は検察側の論告求刑だったためか、多くの新聞が報道したが、相変わらず検察寄りの偏向記事ばかりだった。そんな中で唯一、植草氏側の主張も載せている報道があり、目を見張った。

 植草事件求刑で検察側が決定的事項認める
             ライブドアPJニュース

 マスコミ各社によって隠蔽された公判内容を伝える報道を初めて目にした。事実を知りたい方は、是非ご一読ください。(※注 今ではリンクが切れています。--2015年7月追記)

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 今回の公判報道でも各社揃って悪質な捏造/偏向記事を書き、集団いじめ体質を露呈したところはみごとだった。
 以下、独断と偏見で順位をつけてみた。


第3位 犯人視報道「スポーツニッポン」

 「痴漢の植草被告に懲役6月を求刑」という見出しは、さりげないが悪質である。
 「痴漢の…」は「痴漢事件で係争中の…」を略したとでも言いたいのだろうが、そんなものを略してはいけない。「被告」ではあるが、まだ判決が出たわけではない。
 「痴漢をやった」と決めつけるかのような犯人視報道には、人権意識のかけらもない。


第2位 警察に代わって被告が真犯人を捜さないといけないというおもしろ記事「日刊スポーツ」

 「弁護側は真犯人が別にいると主張していたが、論告は「被告は真犯人を捜そうとしておらず、真犯人というのは架空の産物」としている。」という記事。
 「被告は真犯人を捜そうとしておらず…」って本当に検察官が言ったのなら、国民は怒るべきだ。真犯人を捜すのは被告ではなく、警察の仕事である。真犯人を捕まえなければ無実を主張できない決まりなどない。


第1位 「論告」の意味を知らない「ZAKUZAKU」と、何を蹴ったの?「毎日新聞」

(「応援ブログ」より熊八さんのコメントを引用する。)
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
 ZAKZAKですけど、「怒涛の攻めで、無罪を主張する植草被告を論破した」って、論告公判って討論ですか?
 検察が一方的に作文を読み上げただけでしょ…

 この「論破」も、毎日新聞の「一蹴」も、非常におかしいのは、検察は先攻めであるからです。
(※註 毎日新聞は「弁護側が主張した真犯人の存在については「被告は全く見ておらず、想像上の産物だ」と一蹴(いっしゅう)。」と書いた。)
 先攻めが何を論破するんですか?論破すべき同等の主張が、まだ無いんですから。
 検察側の「論告」があって、弁護側の「弁論」(次回公判ですね)があります。それだけ出揃って、やっと、どちらの主張が強いかを比べることができます。(証拠(証言)に基づいて)
 後攻めの弁護側が、先攻めの検察側の主張を論破・一蹴するというのならわかります。
 検察が何を論破・一蹴したって言うんでしょう?(まぁ、蹴るのは勝手ですけれど)
 不思議な記事です。
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 記者の無知と権力への迎合ぶりを伝える恥ずかしい記事である。


誤報・捏造グランプリ 容疑を認めたという嘘記事「毎日新聞」

 「いったんは容疑を認めて自殺を図ろうとした植草被告…」と書いているが、これは嘘である。植草氏は一度も容疑を認めていない。
 検察が「容疑を認めた」と主張したというなら、植草氏が「一度も容疑を認めていない」と主張したことも合わせて報道すべきである。
 「毎日新聞」は事実無根報道をしたとして、民事裁判で植草氏に訴えられている。そのためか、捏造記事を書いてまで「有罪」の印象操作を行おうとしている。悪質の上塗りである。
by hirarin-601 | 2007-07-20 17:40 | 報道

熊八さんの名言

 『国家権力と個人の闘いを見守る上での、
  あるべき個人の立場について』


 当ブログにコメントしてくださる熊八さんが「植草事件の真相掲示板」に書かれたご意見ですが、秀逸なコメントなので、勝手ながらこちらに転載させていただきます。

☆。.:*:・'゜★。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。.:*:・'゜☆。

私は、当事者や事件関係者ではないので、刑事裁判の鉄則どおり、被告人の側に立って考えようと思っています。
当事者や事件関係者ではない国民の態度としては、それが正当だと思います。何が起こったのか事実を知らないし、関係ないんですから。
国民が関心を持つべきは、国家が正しく権力を行使するかどうかです。国家権力の行使は自分にも関わってくる問題ですから。
そして、犯罪をきちんと摘発して、しっかり捜査して、犯人に刑罰を与えてくれているか。これも国民が関心を持つべきところです。しかし、この点については、警察・検察を信頼する限り、何も言うことはないのではないかと思います。
・・・<中略>・・・
国民が関心を持つべきなのは、国家権力が濫用されないか、人権が守られているか、という点になってくると思います。
何か事件が起こったとき、当事者・事件関係者でなければ、与えられる情報は圧倒的にマスコミ情報です。しかも、マスコミはべったりと警察・検察寄りです。容疑者・被告人に不利なリーク情報等を垂れ流します。
バランスを取るには、国民の立場としては、容疑者・被告人寄りに情報を検討するしかないと思いませんか? 警察・検察寄りの情報を、警察・検察寄りの立場を取って見れば、当然に偏ります。
そもそも、被告人と警察・検察とでは、個人vs国家権力ですし、捜査権やら何やら、圧倒的に国家権力が力を持っています。証拠なども全部、国家に取られてしまいます。被告人有利な証拠なんか出してくれません。被告人有利な証人も、国家権力が怖くてなかなか出て来れません。
そういう条件で刑事裁判は行なわれるので、だからこそ、バランスを取るために、「被告人には無罪の推定が及ぶ」であったり、「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則があるのです。国家権力のほうが圧倒的に強いに決まってますから、そういうルールになっています。
したがって、当事者・事件関係者でない一般国民としては、事件を考えるとすれば、圧倒的に警察・検察寄りの情報の中、国家権力による人権侵害が無いかどうかをチェックする意味で、被告人側の立場に立つしか無いのです。

☆。.:*:・'゜★。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。.:*:・'゜☆。

 ※対話の中から抜粋しましたので、一般論でなく相手に向かって書いていると思われる箇所は一部略させていただきました。

 私の言いたいことを、識者らしい言葉で的確に表現されているのを見て、とてもうれしかったです。
by hirarin-601 | 2007-07-12 12:23 | 警察・検察・司法

7月4日 第9回公判 傍聴記

 ベンジャミン・フルフォード氏のサイトから「傍聴記」が出ているそうです。

 ※「植草一秀氏を応援するブログ」より情報を得て、エントリーを書いておりますが、そちらで紹介されていました。


 * * * * * * * * * * * * * * * *

 第9回公判の証人(目撃者)は、とても良いタイミングで名乗り出てくださり、法廷というたいへんな場所に足を運び、立派に証言してくださいました。
 ご本人はもっと早く名乗り出るべきとお考えのようでしたが、結果を見ると、検察側証人の証言が済んだこの時点がベストだったのだと思います。なぜなら検察は、被害者供述や裁判官の心証をはかりながら、目撃者・逮捕者の証言を調整してきたと考えられるからです。
 検察に何回も足を運んだという「検察側目撃者」と、今回の「弁護側目撃者」とでは、事前レクチャーを受けたかどうかの違いが際立っています。見たままありのままを話していたのはどちらなのか?傍聴記を読めば、誰の目にもはっきりとわかります。(新聞だけ見ていてはわからないです。)

 今回の「弁護側目撃者」が、警察に出頭しないでくれたのは本当に賢明でした。虚偽報道を提供し、調書を捏造する今までのやり方を見ている限り、被告人の無実を証言する目撃者を、警察が法廷で証言させたかどうかは疑問です。今回の目撃者は、きっとそのような警察の体質をご存知だったのだと思います。
 弁護側証人となってくださった男性の、勇気と賢明さが末代まで讃えられますように。
by hirarin-601 | 2007-07-09 14:49 | 事件

「7月4日 第9回公判」の報道について

 世の中暗いニュースばかりなのは、世の中が悪いからだけではないようだ。ニュースを伝える人の心が闇だからだとわかった。
 最近珍しく良い話を、つまらなく茶化したニュースに置きかえて報道されるのを目の当たりにした。
 本来出されるはずの記事は以下のとおり。

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新目撃者による無実証言の決定打
−−−証人の純粋な心情に男泣きの植草被告−−−

 7月4日に東京地裁で行われた公判で、弁護側の証人が出廷し、植草被告が「痴漢をしていない」ことを目撃したと証言した。


 事件当日、同じ電車に乗り合わせたとされる証人は、電車に乗るとすぐに植草氏に気付き、右手でつり革に捕まってぐったりとしていたこと、誰とも密着していなかったことを証言し、第二回公判での検察側の目撃者証言を退け、一貫して無実を主張する植草氏の供述を裏付けた。
 証人は品川駅から青物横丁駅までの2、3分間、植草氏の様子をしっかりと見ていたと証言したが、起訴状によると、事件があったとされているのも品川駅を出てからの2、3分間であるため、『植草氏が痴漢をしていない』と証言したことになる。
 青物横丁あたりからウトウトしたという証人に、裁判官から「あなたがウトウトしている間に犯行があったのだとしたらそれは分からないのですね。」と質問され、「はい、それは分かりません。」とはっきり答えた。この質疑応答により、「証人が目覚めている時間に事件が起きたとされていることを、事前に知らされていなかったこと」が確認された。
 検察官からも、弁護側からの事前の口裏合わせがなかったかどうかを確認するための入念な質問が相次いだ。度重なる質問に一時尋問が膠着状態となり、裁判長が後を引き取って次のようなやり取りとなった。

裁判長 「痴漢事件があったのは品川から蒲田の最初の3分の1、真ん中の3分の1、最後の3分の1のどこだと思うか」
証人  「それだったら、最後の3分の1じゃないんですか!」
検察官 (期待と異なる証言が示されたためか)「・・・(絶句)」

 この答弁が被告人に有利な内容でなかったことから、事件について弁護人やその他から情報を得ていないことと、ありのままに真実を述べていることが、かえってよくわかる証言となった。
 また、事件当時の状況について次のように証言した。

証人 「大森海岸以降で、なにかざわついた感じがして見ると、植草氏が二人の男に押さえ込まれ、からまれているように見えた。翌日、ニュースで痴漢事件と知って驚いた。車内暴力というか、男に因縁をつけられて電車を降りていったと思っていた。
 不幸な人を見て見て見ぬふりはよくないと思い、声をあげたが、本当はもっと早く動くべきだった。」

 証人の男性が涙を流して頭を下げると、植草氏もハンカチで涙をぬぐった。
 「見て見ぬフリ」をしたことを後悔して涙を流す男性。またその男性の純粋な思いに感動して涙を流す植草氏。
 男性二人が、互いを思いやり心を通わせて涙するという珍しい光景を法廷で見た。
 証人の男性は、後になってから名乗り出た理由について、長期勾留のため植草氏の会社のFAXが長らく不通だったこと、良心から、自らの意志で証言台に立ったことを明らかにした。

 また、この日の公判では、第二回公判での検察側目撃者証言の信憑性を問う、弁護側の反証も行われた。日本大学のI教授に心理実験を依頼した結果、95%の人が3日前に見た人のメガネの有無を正確に答えたことが報告された。弁護側は、植草氏がメガネをかけていたという記憶がなく、矛盾の多い検察側目撃者の証言の信憑性のなさを強調した。
(以上、記事おわり) 
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 3年前の事件で付けられた蔑称を今でも使い続ける脳のないスポーツ新聞。まるで、小学生のいじめの風景のようだ。
 そんな中で、ひとりだけ違うことを言うのは勇気が要る。

 この度の証人は、勇気と義侠心に溢れた、近頃稀有な御方である。こういう御方の尊い行動が、世の中のいわれなき迫害に苦しむ人々を救うのだ。
 心から敬意を払うとともに、深く感謝申し上げます。
 本当に、名乗り出てくださってありがとうございます。(涙)

 日本社会では「人の不幸を見て見ぬフリ」は普通である。
 (だから、子どもの世界のいじめはなくならない。)
 すぐに名乗り出なかったことを涙を流して謝ったそうだが、そんなふうにお思いになるとは、とても心の清らかな方に違いない。植草氏が男泣きに泣いたのは、その方のまごころが植草氏の心の琴線に触れたからである。罠やトリックに満ちた悪心渦巻く裁判所で、人の美しい心を見せられるなど滅多にないことだろう。
 人を陥れる記事を書いてメシの種にしている、どす黒い心しか持ち合わせない記者諸兄には、これが美談に見えなかったとしても不思議ではないが。

 この裁判をウォッチしていてわかったことは、

 「検察と報道(特にスポーツ紙)は癒着している」

という事実だ。
 スポーツ新聞の記者なら、一人ぐらい勘違い記事を書くボンクラ記者がいるのはわかるが、これだけ何紙も同じような方向に間違った記事を書くところを見ると、検察官の言い分を記事にしているとしか考えようがない。
 誰かの記事をマネして書くはずはないし、取材した記者全員が質疑の本質を見抜けない「子どもの使い」のようなレポートを書くとは、あまりにも不自然だ。

 [結論]
  植草裁判における報道機関は、「検察側の報道機関」である。

 なぜ、公平な報道をしないマスコミに「記者席」を与える必要があるのか?一般の傍聴者の方が、よほど公平な傍聴記を書いている。
 記者席を廃止するか、もしくは弁護側傍聴者の優先席を設けてほしい。

 私たちは、今まで信じてきた二つの常識を捨てなければならない。
×「検察は真実を追求する」
×「報道機関は事実を報道する」
 この認識は間違いだった。

 実際は、
○「検察は嘘を捏造してでも、裁判で勝とうとする」
○「嘘を報道する報道機関がたくさんある」
という認識が、残念ながら正しい。
by hirarin-601 | 2007-07-06 17:46 | 報道