一秀くんの同級生のブログ

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えん罪被害者に贈る詩

「人を感動させる歌」についてのコメントをいただいたので、素敵な詩をご紹介したくなりました。
私の尊敬する飯田史彦先生が作詞作曲し、先日先生のHP
『飯田史彦研究室へようこそ!』で公開されたものです。

『逢いたい』は、先だった我が子を思う親の気持ちを歌ったものですが、勾留されたり刑務所に入れられて、愛する我が子や家族に会えないでいるえん罪被害者の気持ちと重なるように思います。
『お陽さま・お月さま』は、私にはえん罪被害者の心情そのものという気がします。

人それぞれ感じ方は違うと思いますが、どんな人がどんな状況で歌ってもぴったりくるのが飯田先生の詩なのですね。

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 逢いたい
(作詞作曲:飯田史彦)


ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

さみしすぎて 切なすぎて もう 待てない

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

この願い かなう時が 来ると 信じている



いつも信じている あなたを信じている

誰に何を言われても 信じ続ける

いつもつながってる あなたとつながってる

遠く離れているけど すぐそばにいる



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

ほかに何も いらないから 今 今すぐ 逢いたい

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

あなたのこと 強く強く どうか 抱きしめさせて



いつも信じている あなたを信じている

くじけそうな時にほど 深く信じる

いつもつながってる あなたとつながってる

そこに姿はなくても はっきり見える



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

さみしすぎて 切なすぎて もう 待てない

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

この願い かなう時が 来ると 信じている



   ともに過ごした あの歳月(としつき)

   今も 心に 生きている

   あなたの笑顔 あなたの声

   思いがけない 別れの時・・・



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

ほかに何も いらないから 今 今すぐ 逢いたい

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

あなたのこと 強く強く どうか 抱きしめさせて



ああ 逢いたい 今すぐ 逢いたい

さみしすぎて 切なすぎて もう 待てない

ああ 逢いたい もう一度 逢いたい

この願い かなう時が 来ると 信じている



いつも 信じている

いつも 信じている・・・


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お陽さま・お月さま
(作詞作曲:飯田史彦)



ルルルル〜 ルルルル〜 ルルルル〜 ルル〜ルル〜

ルルルルルルル〜 ルルルルルルル〜 ルルルルルルル〜ル〜ル ル〜ル〜ルルル〜



 気をつけなさい あなたはいつも 人を信じすぎると

 叱られているけれど それが僕の生き方

 たとえ だまされ ばかにされても だれも責めたくないと

 自分に言いきかせて 誇り高く生きたい



お陽さま お月さま 光をください

涙を 乗りこえる 力をください

希望は捨てない どんな時にでも

心を 光で 満たして歩こう



 気楽になさい あなたはいつも がんばりすぎていると

 忠告されるけれど それが僕の生き方

 むくわれなくて 疲れはてたら 祈りの気持ちこめて

 大空を見上げれば 心の奥が光る



お陽さま お月さま どうか見守って

試練に 立ち向かう 僕を見守って

希望は捨てない どんな時にでも

心を 光で 満たして歩こう

ラララララララ〜 ラララララララ〜 ララララ〜 ララ〜ララ〜

ラララララララララ〜 ラララララララララ〜 ラララララララ〜ラ〜ラ ラ〜ラ〜ラララ〜



くやしい かなしい だけど生きていく

くるしい むなしい だから前を向く

ラララララララ〜 ラララララララ〜 ララララ〜 ララ〜ララ〜

ラララララララララ〜 ラララララララララ〜 ラララララララ〜ラ〜ラ ラ〜ラ〜ラララ〜



お陽さま お月さま 光をください

涙を 乗りこえる 力をください

お陽さま お月さま 光をください

すべてを 信じる 力をください・・・

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by hirarin-601 | 2008-02-23 14:00 | 管理人のつぶやき

冤罪の日

5月3日は憲法記念日である。
と同時に『冤罪の日』としてはどうかと提案したい。

私たちは法治国家に住む恩恵に浴している。
法に守られているのは有り難いことだと思う。
しかし、法によって人権を損なわれたり、人生を台無しにされた人がいることを忘れてはならない。
やってもいない罪に問われて、有罪判決を受け、獄につながれている人が今もたくさんいる。
その人達の犠牲の上に、私たちは表向き安全な社会に生きることができているのだと思う。
だから、法律ができたと同時に冤罪の歴史が始まったと私は考える。

「やってない」と叫んでも叫んでも誰もわかってくれない。そして法を犯したと決めつけられ、世間から後ろ指を指され、獄中で何年も無為に過ごさねばならない。自分がそんなことになったらどんな気がするかと、考えてみる日があってもいいのではないだろうか。
終戦の日や阪神大震災の日に犠牲者を悼むように、憲法記念日には冤罪で死刑になった人を悼んで黙とうを捧げよう。今も獄中で苦しむ人々のために祈りを捧げよう。

法の恩恵を受けている私たちは、法によって人生を奪われた人々の苦しみ、悲しみ、悔しさに無関心ではいけないと思う。
by hirarin-601 | 2008-02-13 22:20 | 警察・検察・司法

映画『それでもボクはやってない』への裁判官の反応

この映画が去年1月に公開された時、周防監督は「裁判官に見てほしい」と語っていた。そして意外にも多くの裁判官が見てくれたり、感心を持って感想を述べている。
私は今日になってこのサイトの存在を知ったので、少々前の話になるがご紹介する。

『日本裁判官ネットワーク』というサイトの「オピニオン」の中にあります。
 ↓
『例会報告・映画「それでもボクはやってない」を巡って』

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あの映画を見たら、裁判官はいったいどんな感想を持つのだろうと思っていた。
「あの証拠で有罪にする裁判官などほとんどいない」と述べる裁判官もいれば、「映画に出てくる裁判官のように、自分も有罪判決を出していたかもしれない」と告白する裁判官もいておもしろかった。
「裁判官が有罪慣れしすぎている」とは、裁判官自身も自覚しているらしい。

『日本裁判官ネットワーク』に登録している裁判官は、割合まともな人が多いように感じた。植草さんの裁判を知ったらどんな感想を持つのか知りたい。
by hirarin-601 | 2008-02-12 15:57 | 警察・検察・司法

ドラマに見る痴漢えん罪

昨夜、ドラマ「佐々木夫妻の仁義なき戦い」を見た。ふだんドラマはほとんど見ないのだが、弁護士夫婦の片割れの夫が覚えのない痴漢で捕まる話だというので、どんな対処をするのか興味深いと思い見てみた。
この回のタイトルが「えっチカン!?それでもぼくはやってない」となっていることからもわかるように、周防監督の影響が伺われ、映画「それでもボクはやってない」で描かれた事実がこのドラマの中でも随所に出てきた。
日本の刑事裁判では有罪率が99.9%であり、起訴されると必ず有罪にされることが、弁護を担当する妻のセリフになっていた。
「有罪になるように、なるように、ベルトコンベアに載せて行くんだから。基本的には刑事裁判は無罪なんて有り得ないようにできてるの!」

チカンはしていないという夫の言葉を妻は信じるが、それでも罪を認めて示談にした方が良いと意見する。そうすれば初犯なので弁護士資格が剥奪されることはなく、3ヶ月間の業務停止で済むからと。
3ヶ月の業務停止の方が、容疑を否認して裁判で戦うよりもダメージが少ないと考えるのは、頭の良い女性弁護士の合理的な判断だし現実に即していると思った。
また、チカン容疑をかけられた夫の弁護士は、骨の折れるわりには儲からない仕事をたくさん引き受けている正義感の強い弁護士で、更に潔癖で融通のきかないキャラだから、やってもいないチカンをしたと、形だけでも認めることはプライドが許さないという人物設定もよくわかった。

留置場で非人間的な扱いを受けることが、係官にパンツの中を覗かれるシーンで表現されていたり、取り調べでは刑事が容疑者の説明を聞く耳持たないところとか、目撃者探しのビラ配りをするシーンは、かなりコミカルに描かれていたが映画と同じだと思った。
大きく違うところは、目撃者を事務所に呼んで、被告人の夫が法廷での答え方をレクチャーするシーンだ。この部分はドラマの方が事実に即していないのだろうと思う。
植草さんの場合は目撃者と個人的に接触することは一切許されていない。

このストーリーは結局、被害者の逆恨みによるでっち上げだと判明して解決する。少し前に見たドラマでも、女性が恨む相手を新聞沙汰にして苦しめる目的で、チカンに仕立て上げるストーリーがあった。
実際は女性の悪意によって犯人にされるケースもあれば、女性に悪意はなくても人違いによって犯人にされてしまうこともある。どちらの場合も、警察は女性の話を全面的に信じて容疑者の訴えはまったく聞いてくれないし、裁判所にも正しい裁きをする力がなく、多くのえん罪被害者が生じているのが現実だ。
そういう現実がドラマを通じて広まることにより、えん罪被害者の苦しみが少しでも世の中の人にわかってもらえたらよいと思う。
こういうドラマが堂々と作られるようになったということは、「チカンえん罪」が世の中に浸透したということだろう。無実を訴える人に対する「チカンは犯罪だ」とか、「やってないと主張することは被害者に対する侮辱だ」という意見はもはや陳腐であり、当局側のプロパガンダとしか思えない。

最近、チカンで誰かが捕まったというニュースを聞くとすぐに「冤罪でなければいいな」という思いが頭をよぎるようになった。「容疑を認めている」という警察発表も報道もまったく信用ならないことは、植草さんの事件・その他で学習した。
また、チカンに限らず未解決事件の報道を聞く度に、早く犯人を捕まえて欲しいと思うのは以前と同じだが、同時に間違った犯人を捕まえないで欲しいと願うようにもなった。
凶悪事件の時効が成立したという報道を耳にする時、残念だと思うと同時に「無実の人が捕まらなくてよかった」とも思うようになった。
無実の人がえん罪で苦しむ社会はイヤだ。
by hirarin-601 | 2008-02-11 17:06 | 痴漢冤罪