一秀くんの同級生のブログ

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冤罪の日

5月3日は憲法記念日である。
と同時に『冤罪の日』としてはどうかと提案したい。

私たちは法治国家に住む恩恵に浴している。
法に守られているのは有り難いことだと思う。
しかし、法によって人権を損なわれたり、人生を台無しにされた人がいることを忘れてはならない。
やってもいない罪に問われて、有罪判決を受け、獄につながれている人が今もたくさんいる。
その人達の犠牲の上に、私たちは表向き安全な社会に生きることができているのだと思う。
だから、法律ができたと同時に冤罪の歴史が始まったと私は考える。

「やってない」と叫んでも叫んでも誰もわかってくれない。そして法を犯したと決めつけられ、世間から後ろ指を指され、獄中で何年も無為に過ごさねばならない。自分がそんなことになったらどんな気がするかと、考えてみる日があってもいいのではないだろうか。
終戦の日や阪神大震災の日に犠牲者を悼むように、憲法記念日には冤罪で死刑になった人を悼んで黙とうを捧げよう。今も獄中で苦しむ人々のために祈りを捧げよう。

法の恩恵を受けている私たちは、法によって人生を奪われた人々の苦しみ、悲しみ、悔しさに無関心ではいけないと思う。
# by hirarin-601 | 2008-02-13 22:20 | 警察・検察・司法

映画『それでもボクはやってない』への裁判官の反応

この映画が去年1月に公開された時、周防監督は「裁判官に見てほしい」と語っていた。そして意外にも多くの裁判官が見てくれたり、感心を持って感想を述べている。
私は今日になってこのサイトの存在を知ったので、少々前の話になるがご紹介する。

『日本裁判官ネットワーク』というサイトの「オピニオン」の中にあります。
 ↓
『例会報告・映画「それでもボクはやってない」を巡って』

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あの映画を見たら、裁判官はいったいどんな感想を持つのだろうと思っていた。
「あの証拠で有罪にする裁判官などほとんどいない」と述べる裁判官もいれば、「映画に出てくる裁判官のように、自分も有罪判決を出していたかもしれない」と告白する裁判官もいておもしろかった。
「裁判官が有罪慣れしすぎている」とは、裁判官自身も自覚しているらしい。

『日本裁判官ネットワーク』に登録している裁判官は、割合まともな人が多いように感じた。植草さんの裁判を知ったらどんな感想を持つのか知りたい。
# by hirarin-601 | 2008-02-12 15:57 | 警察・検察・司法

ドラマに見る痴漢えん罪

昨夜、ドラマ「佐々木夫妻の仁義なき戦い」を見た。ふだんドラマはほとんど見ないのだが、弁護士夫婦の片割れの夫が覚えのない痴漢で捕まる話だというので、どんな対処をするのか興味深いと思い見てみた。
この回のタイトルが「えっチカン!?それでもぼくはやってない」となっていることからもわかるように、周防監督の影響が伺われ、映画「それでもボクはやってない」で描かれた事実がこのドラマの中でも随所に出てきた。
日本の刑事裁判では有罪率が99.9%であり、起訴されると必ず有罪にされることが、弁護を担当する妻のセリフになっていた。
「有罪になるように、なるように、ベルトコンベアに載せて行くんだから。基本的には刑事裁判は無罪なんて有り得ないようにできてるの!」

チカンはしていないという夫の言葉を妻は信じるが、それでも罪を認めて示談にした方が良いと意見する。そうすれば初犯なので弁護士資格が剥奪されることはなく、3ヶ月間の業務停止で済むからと。
3ヶ月の業務停止の方が、容疑を否認して裁判で戦うよりもダメージが少ないと考えるのは、頭の良い女性弁護士の合理的な判断だし現実に即していると思った。
また、チカン容疑をかけられた夫の弁護士は、骨の折れるわりには儲からない仕事をたくさん引き受けている正義感の強い弁護士で、更に潔癖で融通のきかないキャラだから、やってもいないチカンをしたと、形だけでも認めることはプライドが許さないという人物設定もよくわかった。

留置場で非人間的な扱いを受けることが、係官にパンツの中を覗かれるシーンで表現されていたり、取り調べでは刑事が容疑者の説明を聞く耳持たないところとか、目撃者探しのビラ配りをするシーンは、かなりコミカルに描かれていたが映画と同じだと思った。
大きく違うところは、目撃者を事務所に呼んで、被告人の夫が法廷での答え方をレクチャーするシーンだ。この部分はドラマの方が事実に即していないのだろうと思う。
植草さんの場合は目撃者と個人的に接触することは一切許されていない。

このストーリーは結局、被害者の逆恨みによるでっち上げだと判明して解決する。少し前に見たドラマでも、女性が恨む相手を新聞沙汰にして苦しめる目的で、チカンに仕立て上げるストーリーがあった。
実際は女性の悪意によって犯人にされるケースもあれば、女性に悪意はなくても人違いによって犯人にされてしまうこともある。どちらの場合も、警察は女性の話を全面的に信じて容疑者の訴えはまったく聞いてくれないし、裁判所にも正しい裁きをする力がなく、多くのえん罪被害者が生じているのが現実だ。
そういう現実がドラマを通じて広まることにより、えん罪被害者の苦しみが少しでも世の中の人にわかってもらえたらよいと思う。
こういうドラマが堂々と作られるようになったということは、「チカンえん罪」が世の中に浸透したということだろう。無実を訴える人に対する「チカンは犯罪だ」とか、「やってないと主張することは被害者に対する侮辱だ」という意見はもはや陳腐であり、当局側のプロパガンダとしか思えない。

最近、チカンで誰かが捕まったというニュースを聞くとすぐに「冤罪でなければいいな」という思いが頭をよぎるようになった。「容疑を認めている」という警察発表も報道もまったく信用ならないことは、植草さんの事件・その他で学習した。
また、チカンに限らず未解決事件の報道を聞く度に、早く犯人を捕まえて欲しいと思うのは以前と同じだが、同時に間違った犯人を捕まえないで欲しいと願うようにもなった。
凶悪事件の時効が成立したという報道を耳にする時、残念だと思うと同時に「無実の人が捕まらなくてよかった」とも思うようになった。
無実の人がえん罪で苦しむ社会はイヤだ。
# by hirarin-601 | 2008-02-11 17:06 | 痴漢冤罪

謹賀新年

あけましておめでとうございます!

「偽」の年が終わり、「真実」が現れる年になりますように!
# by hirarin-601 | 2008-01-02 11:03 | 管理人のつぶやき

奇跡を信じています −I have a dream− 

人は笑うかもしれない。
でも私は、奇跡が起こると信じ願っている。


政治家が私利私欲や保身を捨て、真に民衆の為の良い政治をするように。
裁判官が私利私欲や保身を捨て、正義の判決を下すように。
国家公務員が私利私欲や保身を捨て、組織や国家権力の擁護よりも、人々の幸福の為に良い仕事をするように。
検察官が私利私欲や保身を捨て、組織や国家権力の擁護よりも、人々の幸福の為に良い仕事をするように。
警察官が私利私欲や保身を捨て、組織や国家権力の擁護よりも、人々の幸福と安全を守る為に良い仕事をするように。
ジャーナリストが私利私欲や保身を捨て、組織防衛よりも、人々の幸福と安全を守る為に良い仕事をするように。

事件の被害者が他人によって不幸にされたのが明白なように、冤罪被害者も人の手によって不幸にされていることを、多くの人々が気付くように。
人々が事件の被害者に同情するのと同じように、冤罪被害者を思いやることができるように。
私たちひとりひとりが、他人の不幸に無関心ではなくなるように。

この世から冤罪(えんざい)がなくなるように。
今冤罪で苦しんでいるすべての人々の疑いが晴れ、家族に心安らかな日々が戻るように。
# by hirarin-601 | 2007-12-20 05:19 | 管理人のつぶやき

しばらく東京に行ってました。

 今回の判決公判で、初めて東京地裁という場所に行った。
 傍聴券を得るのはやはり難しかった。遠路はるばる出かけたのだし、けっこう期待していたのだが、元々くじ運が強いわけでもないので、あっさりはずれてしまった。
 しかし、あんな判決なら傍聴できなくてかえって良かったのかもしれない。
 無慈悲な判決を下した裁判官達の顔が、非情な権力の象徴として目の裏に焼きついてしまってはつまらないだけだから。
 裁判官様はやはり、自己保身と権力温存の方が正義より大事でしたか・・・。

 裁判官になる人というのは、司法試験合格者の中でも特に優秀な人がなるとされているらしい。しかし、人が人を裁くという難しい仕事であるうえ、生活上も様々な制限が加えられるため、その中でも特別高い志のある人がなるのだと思っていた。
 そんな期待は、しっかり裏切られた。

 数少ない人付き合いの中の、仲良しの検察官の言う通りの判決を出しただけ。
 そのことにより、自分たちがどんな罪を犯したのかなんて、考えてもみないのだろう。
 事実を公正に判断し、「疑わしきは被告人の利益に」という原則に則って出した判決ではない。そうやって無実の人に罪を着せてしまった罪は、法律で裁かれることはない。
 しかし、心のレベルでは大変なことをしでかしてしまったわけで、その人の魂に永遠に刻みつけられる大罪だと思う。

 今回の裁判官達を軽蔑するとともに、心から哀れに思う。
# by hirarin-601 | 2007-10-22 20:15 | 警察・検察・司法

裁判官の判断を絶対だと思う人達

「裁判官はなぜ誤るのか」という本が出ている。
元裁判官が書いたそうだ。
私も手にしてみたが、読んでいてあまりに腹が立つので、最後まで読めずにいる。

「謝る」のではない「誤る」のである。
誤った判決を出しても、決して謝らないのが裁判官である。

しかし、世論調査でも明らかなように、国民の裁判所に対する信頼はあつい。
「裁判官は誤るもの」であると知っているのは、一部の業界人だけだ。
だから、無実であっても有罪判決を出された人は、世の中の人達の多くに「その罪を犯した」と思われて生きなければならないのである。

私も少し前までは、裁判官が無罪と言ったら無実なのだろうし、有罪だと言ったなら罪を犯したのだろうと単純に考えていた。
しかし、植草さんの事件に興味を持って、記録などをしっかり読んでみると2004年事件は警官の捏造、今回も決定的な目撃者証言により無実だと判明している。
映画「それでもボクはやってない」は、周防監督が数年がかりで裁判を丹念に傍聴し、多くの関係者から話を聞いて作られた、ほぼノンフィクションに近い内容である。
そこでは、99%有罪の現状から、無実でも有罪判決が出る今の裁判所の姿を浮き彫りにしている。

私の身近にも「裁判官の判断は絶対だ」と言い張る人がいる。
植草さんの無実を訴えてもわかってもらえない。
面倒な傍聴記や資料を読むのはまっぴらだそうだ。
「では、無罪判決が出たら無実だと思うか?」と聞いたら、その人は「思う。」と答えた。

公判では録音が禁止されている。
傍聴席もわずかしかない。
運良く傍聴できた人が書き取ったメモを頼りに、その他の人は公判内容を知るしかない。
マスコミは検察側に有利な情報しか出さない。
実際にどのような証拠が吟味されて、裁判官が最終的な判断を下したかは、一般人にはわかりにくい。
そのようなシステムで裁判を行っている以上、裁判官には公正な判断をしてもらいたい。
99%有罪にするという慣習にとらわれないでほしい。
# by hirarin-601 | 2007-09-17 10:37 | 警察・検察・司法

第2刷をゲットしました! −−事件から一年−−

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2刷以降は、タイトルの文字が白抜きになっています!

地味な題字の第1刷をお持ちの方、プレミアが付きますよ〜。
マニアックな方は、第2刷もお求めください。(笑)
第4刷も決定したそうです。♪

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

今日で事件から一年。
植草さんもご家族も、人生が一変してしまったでしょう。
どんなお気持ちで今日という日を迎えられたのでしょうか。

植草さんの事件を通して、冤罪で苦しむ人が世の中にたくさんいらっしゃることを知りました。
警察官と検察官の中には、本当にひどいことをする人がいると知りました。
マスコミは公権力におもねる報道を主眼にし、時として真実を伝えないことを知りました。

権力の横暴を防ぐには、私たち一人一人が目を光らせて、おかしいことはおかしいと声を挙げる以外にないと思います。
偏向したマスコミ報道や、間違ったリーダーの言動に惑わされずに、自分の頭で考え、真実を見極める眼を持つことが大切だと思います。

9月13日は、植草さんの犠牲に感謝し、政治や社会や他者の不幸に無関心ではないかと、自分の心を見つめ直す日にしたいと思います。
# by hirarin-601 | 2007-09-13 18:22 | 管理人のつぶやき

重版出荷予定について

『スリーネーションズリサーチ株式会社』に、以下のコラムが追加されました。

「『知られざる真実−勾留地にて−』目次ならびに重版出荷予定についてのお知らせ」


 初版があっという間に売り切れてしまい、重版が今週金曜日(24日)に出荷される予定だそうですが、それも既に予約でいっぱいだそうです。
 この「お知らせ」の中で、本について書いているサイトの紹介があり、な、な、なんと、当ブログも紹介されていました。(ビックリです!)
 ご紹介くださり、ありがとうございます。
 たいへん光栄に思います。

 本を読んだ知人が感想を話してくれました。植草氏の見舞われた不幸に大いに同情するとともに、「真実は必ず表に出る、今は真実があばかれる時代だから。」と言っていました。
 私は自分で勝手に応援しているのですが、この事件で真実が世に認められるまでは、嘘を捏造する人達に対する追及を続けて行くつもりです。

 明日はいよいよ弁護側の最終弁論ですね。
 真実が明るみに出るよう祈っています。
# by hirarin-601 | 2007-08-20 21:58 | 知られざる真実 著書

4冊分の内容

植草一秀著『知られざる真実−勾留地にて−』イプシロン出版企画

 この本は、著者が長期勾留されていた東京拘置所内で書かれたものであるが、保釈されてから半年を経てようやく出版された。
 著者の植草氏は、保釈直後に弁護団を総入れ替えし(これだけでも大変なエネルギーと時間を費やしたことと思うが)、旧弁護団が組んだ過密な公判日程を消化し、新弁護団と共に再現DVDを作成したり、証拠採用されなかったので日の目を見なかったものを含む、様々な資料を作成し、無実の立証に尽くしてきた。そのために、本書が出版されるまでに時間がかかったものと思われる。
 出版が伸びたのは、手抜きをしなかったためだと合点がいった。お読みいただければわかるとおり、資料のない拘置所で書かれたという雑な感じは一切しない。むしろ膨大な内容を圧縮して削ぎ落とし、エッセンスを抽出したうえに、入りきらないので文字を小さくしてなんとか1冊にまとめたような感じさえする。
 というのも、事件前にいくつかの出版予定があったことが本書の中で述べられている。本書には、その数冊分を1冊に凝縮したかのように、異なったジャンルの内容が混在するのである。
 第1章、第2章、第3章、巻末資料は、それぞれが1冊の本になってもよかった。この本1冊に4冊分の本が詰まっている。簡潔な文体は美しく、完成度が高い。

 第2章の半生記は、事件前の出版予定にもなかったものである。事件に巻き込まれて絶望し、死を決意した人が半生記を書いたということを重く受け止めたい。
「発言を続けることは危険を伴う。・・・いかなる妨害があろうとも屈服せず、勇気をもって今後も発言を続ける覚悟だ」
 この言葉に植草氏の並々ならぬ決意が感じられる。

※以下は、当ブログ管理人がアマゾンに投稿したレビューであるが、10日経っても掲載されないので(涙)、こちらに載せることにする。
 
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ここ数年、ニュースを見ていて腑に落ちないことが多かったが、この本を読んで政治の裏側の事情を知り大いに納得した。表現も平易で読みやすかった。

第一章には、小泉前首相の「売国政策」が、詳しく書かれている。
いわゆる「りそな疑惑」について詳述されており、難しい用語なども一般読者向けに解説が施されていて親切。
政財界に太いパイプを持ち、実際に小泉前首相、竹中元大臣と接した著者が、実体験を通してこの政治家達の国民に対する背任行為を証言する。
政治家や官僚が、国民の為に働いてくれているという幻想が、著者の証言によってうち砕かれると共に、権力者にだまされてきた国民の一人として、静かでしっかりとした怒りが込み上げてくるのを感じた。

第二章には、生い立ちなどが書かれていて、この著者の本にしては異色。幼時から小・中・高・大学時代のエピソードは青春映画のように清々しい。
大蔵官僚時代のエピソードを元にすればドラマが作れそうだ。この国の官僚政治の実態が浮き彫りにされる。
また、テレビ出演の経験を通し、マスメディアが政府に利用されていることを、楽屋裏からすっぱ抜く。

第三章では、政治や社会に対する著者の理想が述べられると同時に、この本が「勾留地」=東京拘置所の中で書かれたことに改めて気付かされる。
著者は拘置所の中に在ってなお、花を愛で、窓から見える青空に心を映す。
「政治は弱き者のためにある」という著者の温かいまなざしが本物であると、著者を取り巻く人々との交流によって伝わってくる。
一党独裁政治の腐敗を極めた時代にあって、このような理想を掲げる人がいることに胸が熱くなる。

プロローグとエピローグでは、事件に巻き込まれ、冤罪を訴える著者の心情が語られている。
「巻末資料」は「興味のある人だけ読んでください」といった体裁で、今まで著者が巻き込まれた事件について書かれている。
有罪が確定した「2004年事件」の裁判がいかにずさんな審議だったかがわかり、著者が「控訴拒絶」に至った理由が理解できる。

権力とマスコミが癒着し、公然と個人攻撃を加える時代にあって、為政者を批判することは危険が伴う。著者の不撓不屈の精神にエールを送りたい。
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以上
# by hirarin-601 | 2007-08-14 11:47 | 知られざる真実 著書