一秀くんの同級生のブログ

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日本は本当に民主主義国家なのか?

 アメリカの刑事物のテレビなどを見ていると、犯人を逮捕する時には必ず、自分の警察手帳を掲示し、

1.黙秘権があること。
2.今から被疑者が話すことは被疑者にとって不利な証拠として
  裁判で扱われる可能性があること。
3.取り調べに際し、弁護士に立ち会ってもらう権利があること。
4.弁護士を雇うお金がなくても被疑者が望んだ場合には、
  弁護士が任命されること。

が必ず告げられる。

 これが、さんざん暴れ回り逃げ回った末であれ、どんな極悪人に対してであれ、逮捕の際には必ず行われる。
 なぜなら、これが告げられなかったり、弁護士の立ち会いを求めたのにそれが無視されたまま取り調べが行われた場合は、憲法違反のため、その供述は証拠として採用できないからだ。

 私は洋もののミステリーを好んで見ていたので、逮捕や取り調べの手続きは、日本でもそんなふうに行われているものと長い間錯覚していた。ところが実際には、この4項目のうち何一つ告げられないままの逮捕が、現代日本において公然と行われているのである。

 一番の問題は、アメリカでは当たり前な「弁護士立ち会い権」が、日本の法律にはないことだ。
 このことは、在日米軍人による強盗事件や婦女暴行事件が起こるたびに、理不尽な日米地位協定が改善されない理由として、繰り返し報道されてきた。
 この報道を耳にしてきた限りでは、「弁護士立ち会い権」がどれほどの意味を持つものなのか、私にはぜんぜんわかっていなかった。

 それが、二年前(2004年品川駅事件)に植草さんが逮捕されてから取り調べまでの詳細な記述を読んで、「弁護士立ち会い権」がないことによって、警官による供述書の捏造が合法的に許されているのが日本の実情だとわかった。(※註1)
 これが本当に日本で行われていることなのかと目を疑った。


密室での取り調べ

 取り調べはF巡査部長との1対1で個室で行われた。
 F巡査部長は最初、「この件は非常に微罪だから、今すぐ容疑を認めれば、罰金を払ってすべて完了となる。その場合は一切マスコミ公表もしない。」と言った。
 それに対し植草氏は、「何もしていない」とずっと言い続けた。しかし、「これは警察官による『現認』だから、裁判をしても100%勝ち目はない」と繰り返し言われ、否認した場合は「必ず長期の勾留になって、マスコミ公表がされる。もし簡単に済ませたいならば、今すぐ容疑を認めたほうがいい」と説得された。
 弁護士を呼ぶという知識のなかった植草氏は、仕方なく「取り引き」に応じた。F巡査部長とは、「のぞこうとしたけれども、のぞいていない」という形で容疑を認めることに同意したが、実際に検察に行ってみると、「鏡を使ってのぞいた」と調書が書き換えられていた(捏造)。F巡査部長は、最初から植草氏を騙すつもりで「取り引き」を持ちかけたのだ。
 F巡査部長は、98年の事件についても、調書を捏造している。


警察による恐喝、詐欺、調書の捏造、誤報垂れ流し

 植草さんの場合、取り調べをしたF巡査部長は、有名人である植草氏に対し、マスコミに話すと脅し(恐喝)、罪を認めればすぐに帰れると「取り引き」を持ちかけ、結果、検察に送る送致書を書き換えて(捏造)、植草さんを騙した(詐欺)。更に警察は、植草さんが騙されたことに気が付いて、「取り引き」上一旦認めた容疑を否認しても(4月11日)、マスコミには「容疑を認めた」との誤報を流した(4月12日)。この誤報による植草氏の被害ははかりしれない。
 これは警察が行った(マスコミも片棒を担いだ)、立派な犯罪だと思う。
(このブログを読んでいる皆さんは既にご存知だろうが、私は何度でもこの許し難い不正を書くつもりだ。)

 この報道を受けて、当時の世間の人の多くは、マスコミ発表されたために、植草氏が否認に転じたと思っていた。しかし、真相は逆で、植草氏が否認したから、警察がマスコミに(容疑を認めたとの)虚偽の発表をしたのだ。

 ところで、F巡査部長の言った「現認逮捕」とは後から出てきた言葉で、最初に品川駅でS警官に呼び止められた時には、ただの「職務質問」だった。つまり「現行犯逮捕の事実が告げられていない」のだ。S警官によって逮捕状が捏造されたことは裁判で明らかになったにもかかわらず、O裁判長は『それは単に事務的に作ったのでしょう』と警官を擁護する発言をした。
 逮捕状を捏造したのが、違法でないとは!
 裁判所は、もはや公正さを判断する仲裁者として機能していない。
 

長すぎる勾留

 二年前の事件では植草さんは33日間勾留され、随分長いと感じたが、今回は50日経った今も勾留され続けている。
 そこでされていることというのは何か?
 毎日毎日、朝から晩まで、一人だけで取り調べを受けて、自白を迫られているのではないか?
 まさか映画のように顔に電気を当てられたり、虚偽の自白を促すようなクスリを飲まされてはいないだろうが、毎日同じ事を聞かれるだけでも精神的な苦痛は大きいと思う。

 法律の不備を、今までは警察官の良心が補ってきたのかもしれない。
 しかし、この事件に見られるように、警察官にも裁判所にももはや良心がないなら、私達は公権力から身を守るために、何かをしなければならないのではないか。
 「弁護士立ち会い権」はアメリカでも、最初からあったわけではなく、40年前に市民が闘って勝ち取ったものだという。
 この権利を勝ち取ることは、民主主義国家の条件として、絶対に必要だと思う。



※註1 ジャパンポンチ(1)参照。(2005年6月発行)
 インターネットの本屋さんから購入できます。

※追記 『知られざる真実 -勾留地にて-』 228ページより、2004年事件の詳細が書かれています。



 
by hirarin-601 | 2006-11-03 03:42 | 事件