一秀くんの同級生のブログ

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キリスト者になった冤罪被害者

 「ぼくは痴漢じゃない!」(鈴木健夫著・新潮文庫)という本を読んだ。
 電車の中で痴漢と間違われ、一貫して無実を主張するも、裁判では一審で有罪、控訴してやっと無罪を勝ち取るサラリーマンの手記だ。
 一審では、矛盾や変遷の多い被害者一人の証言が認められ、「恥ずかしさを押して痴漢の被害を申し出た女性」の証言は十分信用できるという理由だけで有罪になってしまった。

 『刑事訴訟の原則から言えば、有罪を立証しなければならないのは検察官ですが、実際はそうではありません。こんなことはありえない、こんなに変だと言って、検察官の主張を完全に壁際まで追いつめてようやく無罪になるかどうかというのが今の刑事司法の現実、弁護士の実感なのです。』(「第二部 升味弁護士による解説」より)

 たったの5万円の罰金で出られるのに、会社を辞めさせられ、弁護費用も払って大損しながら、人生をかけて無罪を主張していることの重みを考えて欲しいと、弁護士さんは控訴審で訴えたそうだ。
 1年9ヶ月の長い闘いの後、やっと無罪を勝ち取るが、鈴木さんの人生は大きく変わってしまった。会社は事実上解雇され、鈴木さん自身も心に大きな痛手を負い、仕事を次々に辞めざるを得なくなった。もう決して大手企業の営業職に就くことはなく、失った人生は決して取り戻せなかった。
 鈴木さんの恨みは深い。
 痴漢被害を訴えた女性、取り調べた警察官、検事、裁判官の一人一人、そして切り捨てた会社を呪っている。
 無実の叫びを無視され、普通の平和な暮らしをしていた人が、いきなり非人間的な扱いをされる。「推定無罪」の原則が通らない、異次元世界に放り出されたショックはどんなだったろう。ご家族もどんなに苦しんだことだろう。

 鈴木さんの不幸は、法律が作り出したものだ。
 この本の中で升味弁護士は、本人と家族の受けた無形の傷のすべてを実質的に回復するのは無理だが、せめて被疑者と家族の蒙った経済的不利益だけでもフォローする制度が確立されなければならないと書いている。
 無罪になった鈴木さんが国から受け取ったのは、たったの75万円。それでは弁護人への報酬の半分でしかない。一方、鈴木さんが失ったものは、逮捕されてから無罪判決が出るまでの二年にわたる時間と安定していた職。定年後にもらえるはずだった年金と実際にもらえる年金の差額は2千万以上だという。

 社会制度全般に対し、やり場のない憎しみと悲しみに打ちひしがれ、それまでの生き方すべてを変えなくては生存できなくなったのだと思う。
 鈴木さんはキリスト教を勉強するようになったそうだ。
 昔で言えば、世をはかなんで出家するようなものだと思う。
 それほど、社会や人間への不信感は根強く、普通のやり方では人生をやり直すことができなかったのだと思う。
 鈴木さんは最終的に無罪を勝ち取ったけれども、社会的には救済されていないし、精神的に受けたダメージも、制度は何も補償してくれない。
 鈴木さんのご家族も、さぞ困難な人生を強いられたことだろうし、それまでの生き方を大きく変えられなければならなかったことだろう。
 何の罪もないのに。
by hirarin-601 | 2006-12-06 09:57 | 痴漢冤罪